しても、私にそう思えなければ、とうてい受売《うけうり》をすべきはずのものではないのです。私が独立した一個の日本人であって、けっして英国人の奴婢《どひ》でない以上はこれくらいの見識は国民の一員として具《そな》えていなければならない上に、世界に共通な正直という徳義を重んずる点から見ても、私は私の意見を曲げてはならないのです。
 しかし私は英文学を専攻する。その本場の批評家のいうところと私の考《かんがえ》と矛盾《むじゅん》してはどうも普通《ふつう》の場合気が引ける事になる。そこでこうした矛盾がはたしてどこから出るかという事を考えなければならなくなる。風俗、人情、習慣、溯《さかのぼ》っては国民の性格皆この矛盾の原因になっているに相違ない。それを、普通の学者は単に文学と科学とを混同して、甲の国民に気に入るものはきっと乙《おつ》の国民の賞讃を得るにきまっている、そうした必然性が含《ふく》まれていると誤認してかかる。そこが間違っていると云わなければならない。たといこの矛盾を融和《ゆうわ》する事が不可能にしても、それを説明する事はできるはずだ。そうして単にその説明だけでも日本の文壇《ぶんだん》には一道
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