を察せられて、誰《だれ》かが私の代りに講演をやって下さったのだろうと推測して安心し出しました。ところへまた岡田さんがまた突然《とつぜん》見えたのであります。岡田さんはわざわざ長靴を穿《は》いて見えたのであります。(もっとも雨の降る日であったからでもありましょうが、)そう云った身拵《みごしら》えで、早稲田《わせだ》の奥《おく》まで来て下すって、例の講演は十一月の末まで繰り延ばす事にしたから約束通りやってもらいたいというご口上なのです。私はもう責任を逃《のが》れたように考えていたものですから実は少々|驚《おど》ろきました。しかしまだ一カ月も余裕《よゆう》があるから、その間にどうかなるだろうと思って、よろしゅうございますとまたご返事を致しました。
 右の次第で、この春から十月に至るまで、十月末からまた十一月二十五日に至るまでの間に、何か纏《まとま》ったお話をすべき時間はいくらでも拵えられるのですが、どうも少し気分が悪くって、そんな事を考えるのが面倒《めんどう》でたまらなくなりました。そこでまあ十一月二十五日が来るまでは構うまいという横着な料簡《りょうけん》を起《おこ》して、ずるずるべったりに
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