よかったかも知れませんが、何だか不愉快な煮《に》え切らない漠然《ばくぜん》たるものが、至る所に潜《ひそ》んでいるようで堪《た》まらないのです。しかも一方では自分の職業としている教師というものに少しの興味ももち得ないのです。教育者であるという素因の私に欠乏している事は始めから知っていましたが、ただ教場で英語を教える事がすでに面倒なのだから仕方がありません。私は始終中腰で隙《すき》があったら、自分の本領へ飛び移ろう飛び移ろうとのみ思っていたのですが、さてその本領というのがあるようで、無いようで、どこを向いても、思い切ってやっと飛び移れないのです。
 私はこの世に生れた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない。私はちょうど霧《きり》の中に閉じ込められた孤独《こどく》の人間のように立ち竦《すく》んでしまったのです。そうしてどこからか一筋の日光が射《さ》して来ないかしらんという希望よりも、こちらから探照灯を用いてたった一条《ひとすじ》で好いから先まで明らかに見たいという気がしました。ところが不幸にしてどちらの方角を眺めてもぼんやりしているのです。ぼうっとしているのです
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