スピヤのフォリオは幾通りあるかとか、あるいはスコットの書いた作物を年代順に並《なら》べてみろとかいう問題ばかり出たのです。年の若いあなた方にもほぼ想像ができるでしょう、はたしてこれが英文学かどうだかという事が。英文学はしばらく措《お》いて第一文学とはどういうものだか、これではとうてい解《わか》るはずがありません。それなら自力でそれを窮《きわ》め得るかと云うと、まあ盲目《めくら》の垣覗《かきのぞ》きといったようなもので、図書館に入って、どこをどううろついても手掛《てがかり》がないのです。これは自力の足りないばかりでなくその道に関した書物も乏《とぼ》しかったのだろうと思います。とにかく三年勉強して、ついに文学は解らずじまいだったのです。私の煩悶《はんもん》は第一ここに根ざしていたと申し上げても差支ないでしょう。
 私はそんなあやふやな態度で世の中へ出てとうとう教師になったというより教師にされてしまったのです。幸に語学の方は怪《あや》しいにせよ、どうかこうかお茶を濁《にご》して行かれるから、その日その日はまあ無事に済んでいましたが、腹の中は常に空虚《くうきょ》でした。空虚ならいっそ思い切りが
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