まさか二度目じゃなかろうよ」
 二人は山を下りてとうとうその左側にある洋食屋に這入《はい》った。
「ここは往来がよく見える。ことに寄ると一郎が、絹帽を被《かぶ》って通るかも知れないよ」
「嫂《ねえ》さんもいっしょなんですか」
「さあ。どうかね」
 二階の窓際近くに席を占めた自分達は、花で飾られた低い瓶《ヴァーズ》を前に、広々した三橋《みはし》の通りを見下した。

        九

 食事中父は機嫌《きげん》よく話した。しかし用談らしい改まったものは、珈琲《コーヒー》を飲むまでついに彼の口に上《のぼ》らなかった。表へ出た時、彼は始めて気のついたらしい顔をして、向う側の白い大きな建物を眺めた。
「やあいつの間にか勧工場《かんこうば》が活動に変化しているね。ちっとも知らなかった。いつ変ったんだろう」
 白い洋館の正面に金字で書いてある看板の周囲は、無数の旗の影で安価に彩《いろど》られていた。自分は職業柄、さも仰山《ぎょうさん》らしく東京の真中に立っているこの粗末な建築を、情ない眼つきで見た。
「どうも驚くね世の中の早く変るには。そう思うとおれなぞもいつ死ぬか分らない」
 好い日曜なのと時刻が時刻なので、往来は今が人の出盛りであった。華《はな》やかな色と、陽気な肉と、浮いた足並の簇《むら》がるなかでこう云った父の言葉は、妙に周囲と調和を欠いていた。
 自分は番町と下宿と方角の岐《わか》れる所で、父に別れようとした。
「用があるのかい」
「ええ少し……」
「まあ好いから宅《うち》までおいで」
 自分は帽子の鍔《つば》へ手をかけたまま躊躇《ちゅうちょ》した。
「いいからおいでよ。自分の宅じゃないか。たまには来るものだ」
 自分はきまりの悪い顔をして父の後《あと》に随《した》がった。父はすぐ後《うしろ》をふり向いた。
「宅じゃ近頃御前が来ないので、みんな不思議がってるんだぜ。二郎はどうしたんだろうって。遠慮が無沙汰《ぶさた》というが、御前のは無遠慮が無沙汰になるんだからなお悪い」
「そう云う訳でもありませんが。……」
「何しろ来るが好い。言訳は宅へ行って、御母さんにたんとするさ。おれはただ引っ張って行く役なんだから」
 父はずんずん歩いた。自分は腹の中であたかも丁年《ていねん》未満の若者のような自分の態度を苦笑しながら、黙って父と歩調を共にした。その日はこの間とは打って変って
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