考えずに置く。何しろ小僧は妙な顔をして、黒い山の天辺《てっぺん》を眺めていた。
 すると長蔵さんがまた聞き出した。
「御前、どこへ行くかね」
 小僧はたちまち黒い山から眼を離して、
「どこへも行きゃあしねえ」
と答えた。顔に似合わずすこぶる無愛想《ぶあいそう》である。長蔵さんは平気なもんで、
「じゃどこへ帰るかね」
と、聞き直した。小僧も平気なもんで、
「どこへも帰りゃしねえ」
と云ってる。自分はこの問答を聞きながら、ますます物騒な感じがした。この小僧は宿無《やどなし》に違ないんだが、こんなに小さい、こんなに淋しい、そうして、こんなに度胸の据《すわ》った宿無を、今までかつて想像した事がないものだから、宿無とは知りながら、ただの宿無に附属する憐《あわ》れとか気の毒とかの念慮よりも、物騒の方が自然勢力を得たしだいである。もっとも長蔵さんにはそんな感じは少しも起らなかったらしい。長蔵さんは、この小僧が宿無か宿無でないかを突き留めさえすれば、それでたくさんだったんだろう。どこへも行かない、またどこへも帰らない小僧に向って、
「じゃ、おいらといっしょにおいで。御金を儲《もう》けさしてやるから」

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