。後から分ったがこの小僧は全く野生で、まるで礼を云う事を知らないんだった。それが分ってからはさほどにも思わなかったが、この時は何だ顔に似合わない無愛嬌《ぶあいきょう》な奴だなと思った。しかしその丸い顔を半分|傾《かたぶ》けて、高い山の黒ずんで行く天辺《てっぺん》を妙に眺《なが》めた時は、また可愛想《かわいそう》になった。それからまた少し物騒になった。なぜ物騒になったんだかはちょっと疑問である。小さい小僧と、高い山と、夕暮と山の宿《しゅく》とが、何か深い因縁《いんねん》で互に持ち合ってるのかも知れない。詩だの文章だのと云うものは、あんまり読んだ事がないが、おそらくこんな因縁に勿体《もったい》をつけて書くもんじゃないかしら。そうすると妙な所で詩を拾ったり、文章にぶつかったりするもんだ。自分はこの永年《ながねん》方々を流浪《るろう》してあるいて、折々こんな因縁に出っ食わして我ながら変に感じた事が時々ある。――しかしそれも落ちついて考えると、大概解けるに違ない。この小僧なんかやっぱり子供の時に聞いた、山から小僧が飛んで来たが化《ば》け損《そく》なったところくらいだろう。それ以上は余計な事だから
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