る。それを小僧はいっこう苦にしない。今咽喉がぐいと動いたかと思うと、またぐいと動く。後《あと》の芋が、前《さき》の芋を追っ懸《か》けてぐいぐい胃の腑《ふ》に落ち込んで行くようだ。二本の芋は、随分大きな奴だったが、これがためたちまち見る間《ま》に無くなってしまった。そうして、小僧はついに何らの異状もなかった。自分ら三人は何にも云わずに、三方から、この小僧の芋を食うところを見ていたが、三人共、食ってしまうまで、一句も言葉を交《か》わさなかった。自分は腹の中《うち》で少しはおかしいと思った。しかし何となく憐れだった。これは単に同情の念ばかりではない。自分が空腹になって、長蔵さんに芋をねだったのは、つい、今しがたで、餓《ひも》じい記憶は気の毒なほど近くにあるのに、この小僧の食い方は、自分より二三層倍|餓《ひも》じそうに見えたからである。そこへ持って来て、長蔵さんが、
「旨《う》まかったか」
と聞いた。自分は芋へ手を出さない先からありがとうと礼を述べたくらいだから、食ったあとの小僧は無論何とか云うだろうと思っていたら、小僧はあやにく何とも云わない。黙って立っている。そうして暮れかかる山の方を見た
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