に水の音がするんで、おやと思うと橋へ出ている。川がある。水が流れている。――何だか馬鹿気た話だが、事実にもっとも近い叙述をやろうとすると、まあ、こう書くのが一番適切だろう、こう書いて置く。けっして小説家の弄《もてあそ》ぶような法螺《ほら》七分の形容ではない。これが形容でないとするとその時の自分がいかに芋を旨《うま》がったのかがおのずから分明《ぶんみょう》になる。さて水音に驚いて、欄干《らんかん》から下を見ると、音のするのはもっともで、川の中に大きな石がだいぶんある。そうしてその形状《かっこう》がいかにも不作法《ぶさほう》にでき上って、あたかも水の通り道の邪魔になるように寝たり、突っ立ったりしている。それへ水がやけにぶつかる。しかもその水には勾配《こうばい》がついている。山から落ちた勢いをなし崩《くず》しに持ち越して、追っ懸《か》けられるように跳《おど》って来る。だから川と云うようなものの、実は幅の広い瀑《たき》を月賦《げっぷ》に引き延ばしたくらいなものである。したがって水の少ない割には大変|烈《はげ》しい。鼻《はな》っ端《ぱし》の強い江戸ッ子のようにむやみやたらに突っかかって来る。そう
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