して白い泡《あわ》を噴《ふ》いたり、青い飴《あめ》のようになったり、曲ったり、くねったりして下《しも》へ流れて行く。どうも非常にやかましい。時に日はだんだん暮れてくる。仰向《あおむ》いて見たが、日向《ひなた》はどこにも見えない。ただ日の落ちた方角がぽうっと明るくなって、その明かるい空を背負《しょ》ってる山だけが目立って蒼黒《あおぐろ》くなって来た。時は五月だけれども寒いもんだ。この水音だけでも夏とは思われない。まして入日《いりひ》を背中から浴びて、正面は陰になった山の色と来たら、――ありゃ全体何と云う色だろう。ただ形容するだけなら紫《むらさき》でも黒でも蒼《あお》でも構わないんだが、あの色の気持を書こうとすると駄目だ。何でもあの山が、今に動き出して、自分の頭の上へ来て、どっと圧《お》っ被《かぶ》さるんじゃあるまいかと感じた。それで寒いんだろう。実際今から一時間か二時間のうちには、自分の左右前後四方八方ことごとく、あの山のような気味のわるい色になって、自分も長蔵さんも茨城県も、全く世界|一色《いっしき》の内に裹《つつ》まれてしまうに違ないと云う事を、それとはなく意識して、一二時間後に起る
前へ
次へ
全334ページ中91ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング