しいほど公平で、自分の方が赤毛布《あかげっと》よりも坑夫に適していると云うところを少しも見せない。全く器械的にやっている。先口《せんくち》だから、もう少しこっちを贔屓《ひいき》にしたら好かろうと思うくらいであった。――これで見ると人間の虚栄心はどこまでも抜けないものだ。窮して坑夫になるとか、ならないとか云う切歯《せっぱ》詰った時でさえ自分はこれほどの虚栄心を有《も》っていた。泥棒に義理があったり、乞食に礼式があるのも全くこの格なんだろう。――しかしこの虚栄心の方は、自分すなわち赤毛布であると云うことを自覚して、大《おおい》につまらなくなったよりも、よほどつまらなさ加減が少かった。
自分が大につまらなくなって、ぼんやり立っていると、二人《ふたり》の談判は見る間《ま》に片づいてしまった。これは必ずしも長蔵さんがことほどさように上手だからと云う訳ではない。赤毛布の方がことほどさように馬鹿だったからである。自分はこの男を一概に馬鹿と云うが、あながち、自分に比較して軽蔑《けいべつ》する気じゃけっしてない。自分の当時は、長蔵さんの話をはいはい聞く点において、すぐ坑夫になろうと承知する点において、
前へ
次へ
全334ページ中82ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング