かなと思って、少からぬ興味の念に駆《か》られながら二人を見物していた。その時この長蔵さんは、誰を見ても手頃な若い衆《しゅ》とさえ鑑定すれば、働く気はないかねと持ち掛ける男だと云う事を判然《はんぜん》と覚《さと》った。つまり長蔵さんは働かせる事を商売にするんで、けっして自分一人を非常な適任者と認めて、それで坑夫に推挙した訳ではなかった。おおかたどこで、どんな人に、幾人《いくたり》逢《あ》おうとも、版行《はんこう》で押したような口調で御前さん働く気はないかねを根気よく繰返し得る男なんだろう。考えると、よくこんな商売を厭《あ》きもせず、長の歳月《としつき》やられたものだ。長蔵さんだって、天性御前さん働く気はないかねに適した訳でもあるまい。やっぱり何かの事情やむを得ず御前さんを復習しているんだろう。こう思えば、まことに罪のない男である。要するに芸がないからほかの事は出来ないんだが、ほかの事が出来ないんだと意識して煩悶《はんもん》する気色《けしき》もなく、自分でなくっちゃ御前さん[#「御前さん」に傍点]をやり得る人間は天下広しといえども二人と有るまいと云うほどの平気な顔で、やっている。
 その当
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