出て北へ北へと走ったつもりだが、汽車から降りて見ると、まるで方角がわからなくなっていた。この町を真直に町の通ってるなりに、下《くだ》ると、突き当りが山で、その山は方角から推《お》すと、やはり北であるから、自分と長蔵さんは相変らず、北の方へ行くんだと思った。
その山は距離から云うとだいぶんあるように思われた。高さもけっして低くはない。色は真蒼《まっさお》で、横から日の差す所だけが光るせいか、陰の方は蒼《あお》い底が黒ずんで見えた。もっともこれは日の加減と云うよりも杉檜《すぎひのき》の多いためかも知れない。ともかくも蓊欝《こんもり》として、奥深い様子であった。自分は傾《かたぶ》きかけた太陽から、眼を移してこの蒼い山を眺めた時、あの山は一本立だろうか、または続きが奥の方にあるんだろうかと考えた。長蔵さんと並んで、だんだん山の方へ歩いて行くと、どうあっても、向うに見える山の奥のまたその奥が果しもなく続いていて、そうしてその山々はことごとく北へ北へと連なっているとしか思われなかった。これは自分達が山の方へ歩いて行くけれど、ただ行くだけでなかなか麓《ふもと》へ足が届かないから、山の方で奥へ奥へと
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