れるものかね」
と長蔵さんが云った。この時だけは御前さんを省《はぶ》いたようである。
「なにやれます」
と答えたら、
「どうして」
と聞き返されたんで、少し面喰《めんくら》ったが、
「今|貴方《あなた》に伺って置けば、先へ行って貴方の名前を云って、どうかしますから」
ともじもじ述べ立てると、
「御前さん、私《わたし》の名前くらいで、すぐ坑夫になれると思ってるのは大間違いだよ。坑夫なんて、そんなに容易になれるもんじゃないよ」
と跳《はね》つけられちまった。仕方がないから
「でも御気の毒ですから」
と言訳かたがた挨拶《あいさつ》をすると、
「なに遠慮しないでもいい、先方《さき》まで送ってあげるから心配しないがいい。――袖摩《そです》り合うも何とかの因縁《いんねん》だ。ハハハハハ」
と笑った。そこで自分は最後に、
「どうも済みません」
と礼を述べて置いた。
それから二人でベンチへ隣り合せに腰を掛けていると、だんだん停車場《ステーション》へ人が寄ってくる。大抵は田舎者《いなかもの》である。中には長蔵さんのような袢天《はんてん》兼《けん》どてら[#「どてら」に傍点]を着た上に、天秤棒《てんびん
前へ
次へ
全334ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング