ない。ただの顔である。日本一の美人の顔がただの顔であるごとく、坑夫の顔もただの顔である。そう云う自分も骨と肉で出来たただの人間である。意味も何もない。
自分はこう云う状態で、無人《むにん》の境《さかい》を行くような心持で、親方の家《うち》までやって来た。案内を頼むと、うちから十五六の娘が、がらりと障子《しょうじ》をあけて出た。こう云う娘がこんな所にいようはずがないんだから、平生《へいぜい》ならはっと驚く訳だが、この時はまるで何の感じもなかった。ただ器械のように挨拶《あいさつ》をすると、娘は片手を障子へ掛けたまま、奥を振り向いて、
「御父《おとっ》さん。御客」
と云った。自分はこの時、これが飯場頭《はんばがしら》の娘だなと合点《がてん》したが、ただ合点したまでで、娘がまだそこに立っているのに、娘の事は忘れてしまった。ところへ親方が出て来た。
「どうしたい」
「行って来ました」
「健康診断を貰って来たかい。どれ」
自分は右の手に握っていた診断書を、つい忘れて、おやどこへやったろうかと、始めて気がついた。
「持ってるじゃないか」
と親方が云う。なるほど持っていたから、皺《しわ》を伸《の》
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