くの考えもこの気味のわるい顔を見上げるとたちまち崩《くず》れてしまう。あの顔のなかに安さんのようなのが、たった一つでもあれば、生き返るほど嬉しいだろうに、どれもこれも申し合せたように獰猛の極致を尽している。あれじゃ、どうしたって病院の必要があるはずがないとまで思った。
 天気だけは好都合にすっかり晴れた。赤土を劈《さ》いたような山の壁へ日が当る。昨日、一昨日の雨を吸込んだ土は、東から差す日を受けて、まだ乾かない。その上照る日をいくらでも吸い込んで行く。景色《けしき》は晴れがましいうちに湿《しっ》とりと調子づいて、長屋と長屋の間から、下の方の山を見ると、真蒼《まっさお》な色が笑《え》み割れそうに濃く重なっている。風は全く落ちた。昨夕《ゆうべ》と今朝とではほとんど十五度以上も違うようである。道傍《みちばた》に、たった一つ蒲公英《たんぽぽ》が咲いている。もったいないほど奇麗な色だ。これも獰猛とはまるで釣り合ない。
 病院へ着いた。和土《たたき》の廊下が地面と擦《す》れ擦れに五六間続いている突き当りに、診察室と云う札が懸《かか》って、手前の右手に控所と書いてある。今云った一間幅の廊下を横切って
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