ら、どうも這入《はい》るのが厭《いや》になった。月を浴びて外に立っているのも、つらくなった。安さんの所へ行って泊めてもらいたくなった。一歩引き返して見たが、あんまりだと気を取り直して、のそのそ長屋へ這入った。横手に広い間《ま》があって、上り口からは障子《しょうじ》で立て切ってある。電気灯が頭の上にあるから影は一つも差さないが、騒ぎはまさにこの中《うち》から出る。自分は下駄《げた》を脱いで、足音のしないように、障子の傍《そば》を通って、二階へ上がった。段々を登り切って、大きな部屋を見渡した時、ほっと一息ついた。部屋には誰もいない。
ただ金《きん》さんが平たく煎餅《せんべい》のようになって寝ている。それから例の帆木綿《ほもめん》にくるまって、ぶら下がってる男もいる。しかし両方とも極《きわ》めて静かだ。いてもいないと同じく、部屋は漠然《ばくぜん》としてただ広いものだ。自分は部屋の真中まで来て立ちながら考えた。床を敷いて寝たものだろうか、ただしは着のみ着のままで、ごろりと横になるか、または昨夕《ゆうべ》の通り柱へ倚《もた》れて夜を明そうか。ごろ寝は寒い、柱へ倚《よ》り懸《かか》るのは苦しい。
前へ
次へ
全334ページ中316ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング