は、もうお帰りになりましたか」
と叮嚀《ていねい》に聞くと、掘子は顔を上げてちょいと自分を見たまま、奥を向いて、
「おい、安さん、誰か尋ねて来たよ」
と呼び出しにかかるや否や、安さんは待ってたと云わんばかりに足音をさせて出て来た。
「やあ来たな。さあ上《あが》れ」
見ると安さんは唐桟《とうざん》の着物に豆絞《まめしぼり》か何《な》にかの三尺を締めて立っている。まるで東京の馬丁《べっとう》のような服装《なり》である。これには少し驚いた。安さんも自分の様子を眺《なが》めて首を傾《かし》げて、
「なるほど東京を走ったまんまの服装《なり》だね。おれも昔はそう云う着物を着たこともあったっけ。今じゃこれだ」
と両袖《りょうそで》の裄《ゆき》を引っ張って見せる。
「何と見える。車引かな」
と云うから、自分は遠慮してにやにや笑っていた。安さんは、
「ハハハハ根性《こんじょう》はこれよりまだ堕落しているんだ。驚いちゃいけない」
自分は何と答えていいか分らないから、やはりにやにや笑って立っていた。この時分は手持無沙汰《てもちぶさた》でさえあればにやにやして済ましたもんだ。そこへ行くと安さんは自分より遥
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