いたろうと思う。実を云うと過去一年間において仕出《しで》かした不都合やら義理やら人情やら煩悶《はんもん》やらが破裂して大衝突を引き起した結果、あてどもなくここまで落ちて来たのだから、昨日《きのう》までの自分の事を考えると、どうしたって、こんなに温和《おとな》しくなれる訳がないのだが、実際この時は人に逆《さから》うような気分は薬にしたくっても出て来なかった。そうしてまたそれを矛盾とも不思議とも考えなかった。おそらく考える余裕がなかったんだろう。人間のうちで纏《まとま》ったものは身体《からだ》だけである。身体が纏ってるもんだから、心も同様に片づいたものだと思って、昨日と今日《きょう》とまるで反対の事をしながらも、やはりもとの通りの自分だと平気で済ましているものがだいぶある。のみならずいったん責任問題が持ち上がって、自分の反覆《はんぷく》を詰《なじ》られた時ですら、いや私の心は記憶があるばかりで、実はばらばらなんですからと答えるものがないのはなぜだろう。こう云う矛盾をしばしば経験した自分ですら、無理と思いながらも、いささか責任を感ずるようだ。して見ると人間はなかなか重宝《ちょうほう》に社会の
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