早く帰るがいい。君が堕落すれば、君のためにならないばかりじゃない。――君は親があるか……」
自分はただ一言《ひとこと》ある[#「ある」に傍点]と答えた。
「あればなおさらだ。それから君は日本人だろう……」
自分は黙っていた。
「日本人なら、日本のためになるような職業についたらよかろう。学問のあるものが坑夫になるのは日本の損だ。だから早く帰るがよかろう。東京なら東京へ帰るさ。そうして正当な――君に適当な――日本の損にならないような事をやるさ。何と云ってもここはいけない。旅費がなければ、おれが出してやる。だから帰れ。分ったろう。おれは山中組にいる。山中組へ来て安《やす》さんと聞きゃあすぐ分る。尋ねて来るが好い。旅費はどうでも都合してやる」
安さんの言葉はこれで終った。坑夫の数は一万人と聞いていた。その一万人はことごとく理非人情《りひにんじょう》を解しない畜類の発達した化物とのみ思い詰めたこの時、この人に逢《あ》ったのは全くの小説である。夏の土用に雪が降ったよりも、坑《あな》の中で安さんに説諭された方が、よほどの奇蹟《きせき》のように思われた。大晦日《おおみそか》を越すとお正月が来るく
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