んだがね」
と、どてら[#「どてら」に傍点]が、すぐに云う。自分は黙って聞いていた。
「実はこう云う口なんだがね。銅山《やま》へ行って仕事をするんだが、私が周旋さえすれば、すぐ坑夫になれる。すぐ坑夫になれりゃ大したもんじゃないか」
自分は何か返事を促《うなが》されるような気がしたけれども、どうもどてら[#「どてら」に傍点]の調子に載《の》せられて、そうですとは答える訳に行かなかった。坑夫と云えば鉱山の穴の中で働く労働者に違ない。世の中に労働者の種類はだいぶんあるだろうが、そのうちでもっとも苦しくって、もっとも下等なものが坑夫だとばかり考えていた矢先へ、すぐ坑夫になれりゃ大したものだと云われたのだから、調子を合すどころの騒ぎじゃない、おやと思うくらい内心では少からず驚いた。坑夫の下にはまだまだ坑夫より下等な種属があると云うのは、大晦日《おおみそか》の後《あと》にまだたくさん日が余ってると云うのと同じ事で、自分にはほとんど想像がつかなかった。実を云うとどてら[#「どてら」に傍点]がこんな事を饒舌《しゃべ》るのは、自分を若年《じゃくねん》と侮《あなど》って、好い加減に人を瞞《だま》すのでは
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