をする必要がないから、黙ってると、茶店のかみさんが、菓子台の後《うしろ》から、
「働くからにゃ、儲けなくっちゃあね」
と云いながら、立ち上がった。どてら[#「どてら」に傍点]が、
「全くだ。儲けようったって、今時そう儲け口が転がってるもんじゃない」
と幾分か自分に対して恩に被《き》せるように答えるのを、
「そうさ」
と幾分かさげすむように聞き流して、裏へ出て行った。このそうさ[#「そうさ」に傍点]が妙に気になって、ことによると、まだその後《あと》があるかも知れないと思ったせいか、何気なく後姿《うしろかげ》を見送っていると、大きな黒松の根方《ねがた》のところへ行って、立小便《たちしょうべん》をし始めたから、急に顔を背《そむ》けて、どてら[#「どてら」に傍点]の方を向いた。どてら[#「どてら」に傍点]はすぐ、
「私《わたし》だから、お前さん、見ず知らずの他人にこんな旨《うま》い話をするんだ。これがほかのものだったら、受合ってただじゃ話しっこない旨い口なんだからね」
とまた恩に被《き》せる。自分は、面倒くさいからおとなしく、
「ありがたいです」
と四角張って答えて置いた。
「実はこう云う口な
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