持前だから存外自然に行われるものである。論より証拠《しょうこ》発奮して死ぬものは奇麗《きれい》に死ぬが、いじけて殺されるものは、どうも旨《うま》く死に切れないようだ。人の身の上はとにかく、こう云う自分が好い証拠である。梯子の途中で、ええ忌々《いまいま》しい、死んじまえと思った時は、手を離すのが怖《こわ》くも何ともなかった。無論例のごとくどきんなどとはけっしてしなかった。ところがいざ死のうとして、手を離しかけた時に、また妙な精神作用を承当《しょうとう》した。
 自分は元来が小説的の人間じゃないんだが、まだ年が若かったから、今まで浮気に自殺を計画した時は、いつでも花々しくやって見せたいと云う念があった。短銃《ピストル》でも九寸五分《くすんごぶ》でも立派に――つまり人が賞《ほ》めてくれるように死んでみたいと考えていた。できるならば、華厳《けごん》の瀑《たき》まででも出向きたいなどと思った事もある。しかしどうしても便所や物置で首を縊《くく》るのは下等だと断念していた。その虚栄心が、この際突然首を出した。どこから出したか分らないが、出した。つまり出すだけの余地があったから出したに相違あるまいから
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