ぶ》いて、急に、娑婆《しゃば》の真中に出現したんである。自分はこれを死を転じて活に帰す経験と名づけている。
ところが梯子の中途では、全くこれと反対の現象に逢《あ》った。自分は初さんの後《あと》を追っ懸けて登らなければならない。その初さんは、とっくに見えなくなってしまった。心は焦《あせ》る、気は揉《も》める、手は離せない。自分は猿よりも下等である。情ない。苦しい。――万事が痛切である。自覚の強度がしだいしだいに劇《はげ》しくなるばかりである。だからこの場合における精神運動の方向は、消極より積極に向って登り詰める状態である。さてその状態がいつまでも進行して、奮興《ふんこう》の極度に達すると、やはり二様の作用が出る訳だが、とくに面白いと思うのはその一つ、――すなわち積極の頂点からとんぼ返りを打って、魂が消極の末端にひょっくり現われる奇特《きどく》である。平たく云うと、生きてる事実が明瞭になり切った途端《とたん》に、命を棄てようと決心する現象を云うんである。自分はこれを活上《かつじょう》より死に入る作用と名《なづ》けている。この作用は矛盾のごとく思われるが実際から云うと、矛盾でも何でも、魂の
前へ
次へ
全334ページ中276ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング