自分の愚見だけを述べて、参考にしたい。
アテシコ[#「アテシコ」に傍点]を尻に敷いて、休息した時は、始めから休息する覚悟であった。から心に落ちつきが有る。刺激が少い。そう云う状態で壁へ倚《よ》りかかっていると、その状態がなだらかに進行するから、自然の勢いとしてだんだん気が遠くなる。魂が沈んで行く。こう云う場合における精神運動の方向は、いつもきまったもので、必ず積極から出立してしだいに消極に近づく径路《けいろ》を取るのが普通である。ところがその普通の径路を行き尽くして、もうこれがどん詰《づまり》だと云う間際《まぎわ》になると、魂が割れて二様の所作《しょさ》をする。第一は順風に帆を上げる勢いで、このどん底まで流れ込んでしまう。するとそれぎり死ぬ。でなければ、大切《おおぎり》の手前まで行って、急に反対の方角に飛び出してくる。消極へ向いて進んだものが、突如として、逆さまに、積極の頭へ戻る。すると、命がたちまち確実になる。自分が梯子《はしご》の下で経験したのはこの第二に当る。だから死に近づきながら好い心持に、三途《さんず》のこちら側まで行ったものが、順路をてくてく引き返す手数《てすう》を省《は
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