って来た過度の刺激を散らさなければならない自分には――必要であり、願望であり、理想である。長蔵さんに引張られながら、道々空想に描いた坑夫生活よりも、たしかに上等の天国である。もし駆落《かけおち》が自滅の第一着なら、この境界《きょうがい》は自滅の――第何着か知らないが、とにかく終局地を去る事遠からざる停車場《ステーション》である。自分は初さんに置いて行かれた少時《しばし》の休憩時間内に、図《はか》らずもこの自滅の手前まで、突然釣り込まれて、――まあ、どんな心持がしたと思う。正直に云えば嬉しかった。しかし嬉しいと云う自覚は十倍の水に溶き交ぜられた正気の中に遊離しているんだから、ほかの娑婆気と同じく、劇烈には来ない。やっぱり稀薄である。けれど自覚はたしかにあった。正気を失わないものが、嬉しいと云う自覚だけを取り落す訳がない。自分の精神状態は活動の区域を狭《せば》められた片輪の心的現象とは違う。一般の活動を恣《ほしいまま》にする自由の天地はもとのごとくに存在して、活動その物の強度が滅却して来たのみだから、平常の我とこの時の我との差はただ濃淡の差である。その最も淡《うす》い生涯《しょうがい》の中
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