どこまでも見せたいものと思われる。結婚前の男はことにこの感じが深いようだ。人間はいくら窮した場合でも、時々は芝居気《しばいぎ》を出す。自分がアテシコ[#「アテシコ」に傍点]を臀《しり》に敷いて、深い坑のなかで、カンテラ[#「カンテラ」に傍点]を提《ひっさ》げたまま、休んだ時の考えは、全く芝居じみていた。ある意味から云うと、これが苦痛の骨休めである。公然の骨休めとも云うべき芝居は全くここから発達したものと思う。自分は発達しない芝居の主人公を腹の中で演じて、落胆しながら得意がっていた。
 ところへ突然肺臓を打ち抜かれたと思うくらいの大きな音がした。その音は自分の足の下で起ったのか、頭の上で起ったのか、尻を懸《か》けた丸太《まるた》も、黒い天井《てんじょう》も一度に躍《おど》り上ったから、分からない。自分の頸《くび》と手と足が一度に動いた。縁側《えんがわ》に脛《はぎ》をぶらさげて、膝頭《ひざがしら》を丁《ちょう》と叩《たた》くと、膝から下がぴくんと跳《は》ねる事がある。この時自分の身体《からだ》の動き方は全くこれに似ている。しかしこれよりも倍以上劇烈に来たような気がした。身体ばかりじゃない、
前へ 次へ
全334ページ中242ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング