い。どの顔も獰猛《どうもう》で、よく見るとその獰猛のうちに、軽侮《あなどり》と、嘲弄《あざけり》と、好奇の念が判然と彫りつけてあったのは、首を上げる途端《とたん》に発明した事実で、発明するや否や、非常に不愉快に感じた事実である。自分は仕方がないから、首を上げたまま、「おい」の声がもう一遍出るのを待っていた。この間が約何秒かかったか知らないが、とにかく予期の状態で一定の姿勢におったものらしい。すると、いきなり、
「やに澄《す》ますねえ」
と云ったものがある。この声はさっきの「おい」よりも少し皺枯《しゃが》れていたから、大方別人だろうと鑑定した。しかし返答をするべき性質《たち》の言葉でないから――字で書くと普通のねえ[#「ねえ」に傍点]のように見えるが、実はなよ[#「なよ」に傍点]の命令を倶利加羅流《くりからりゅう》に崩《くず》したんだから、はなはだ下等である。――それでやっぱり黙ってた。ただ内心では大いに驚いた。自分がここへ来て言葉を交したものは原さんと婆さんだけであるが、婆さんは女だから別として、原さんは思ったよりも叮嚀《ていねい》であった。ところが原さんは飯場頭《はんばがしら》である
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