。頭《かしら》ですらこれだから、平《ひら》の坑夫は無論そう野卑《ぞんざい》じゃあるまいと思い込んでいた。だから、この悪口《あくたい》が藪《やぶ》から棒《ぼう》に飛んで来た時には、こいつはと退避《ひる》む前に、まずおやっと毒気を抜かれた。ここでいっその事|毒突返《どくづきかえ》したなら、袋叩《ふくろだた》きに逢《あ》うか、または平等の交際が出来るか、どっちか早く片がついたかも知れないが、自分は何にも口答えをしなかった。もともと東京生れだから、この際何とか受けるくらいは心得ていたんだろう。それにもかかわらず、兄《あにい》に類似した言語は無論、尋常の竹箆返《しっぺいがえ》しさえ控えたのは、――相手にならないと先方《さき》を軽蔑《けいべつ》したためだろうか――あるいは怖《こわ》くって何とも云う度胸がなかったんだろうか。自分は前の方だと云いたい。しかし事実はどうも後《あと》の方らしい。とにかくも両方|交《まじ》ってたと云うのが一番|穏《おだやか》のように思われる。世の中には軽蔑しながらも怖《こわ》いものが沢山《いくら》もある。矛盾にゃならない。
 それはどっちにしたって構わないが、自分がこの悪口
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