る。眼が壺《つぼ》のように引ッ込んで、眼球《めだま》を遠慮なく、奥の方へ吸いつけちまう。小鼻が落ちる。――要するに肉と云う肉がみんな退却して、骨と云う骨がことごとく吶喊《とっかん》展開するとでも評したら好かろう。顔の骨だか、骨の顔だか分らないくらいに、稜々《りょうりょう》たるものである。劇《はげ》しい労役の結果早く年を取るんだとも解釈は出来るが、ただ天然自然に年を取ったって、ああなるもんじゃない。丸味とか、温味《あたたかみ》とか、優味《やさしみ》とか云うものは薬にしたくっても、探し出せない。まあ一口に云うと獰猛《どうもう》だ。不思議にもこの獰猛な相《そう》が一列一体の共有性になっていると見えて、囲炉裏《いろり》の傍《はた》の黒いものが等しく自分の方を向くと、またたく間《ま》に獰猛な顔が十四五|揃《そろ》った。向うの囲炉裏を取捲《とりま》いてる連中も同じ顔に違いない。さっき坂を上がってくるとき、長屋の窓から自分を見下《みおろ》していた顔も全くこれである。して見ると組々の長屋に住んでいる総勢一万人の顔はことごとく獰猛なんだろう。自分は全く退避《ひる》んだ。
この時婆さんが後《うしろ》を振
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