退避いだと云うのは、卑怯《ひきょう》な話だが、全くこの人間にあったらしい。平生から強がっていたにはいたが、若輩《じゃくはい》の事だから、見ず知らずの多勢の席へ滅多《めった》に首を出した事はない。晴の場所となると、ただでさえもじもじする。ところへもって来て、突然坑夫の団体に生擒《いけど》られたんだから、この黒い塊《かたまり》を見るが早いか、いささか辟易《ひるん》じまった。それも、ただの人間ならいい。と云っちゃ意味がよく通じない。――ただの人間が、坑夫になってるなら差支《さしつかえ》ない。ところが自分の胸から上が、階子段を出ると、等しく、この塊の各部分が、申し合せたように、こっちを向いた。その顔が――実はその顔で全く畏縮《いしゅく》してしまった。と云うのはその顔がただの顔じゃない。ただの人間の顔じゃない。純然たる坑夫の顔であった。そう云うより別に形容しようがない。坑夫の顔はどんなだろうと云う好奇心のあるものは、行って見るより外に致し方がない。それでも是非説明して見ろと云うなら、ざっと話すが、――頬骨《ほおぼね》がだんだん高く聳《そび》えてくる。顎《あご》が競《せ》り出す。同時に左右に突っ張
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