と、今日から飯場の飯を食い出す以上は自分だって安閑としちゃいられない。万事この婆さんの型で行かなくっちゃなるまい。――なるまい。――と力を入れて、うんと思ったら、さすがに草臥れた手足が急になるまい[#「なるまい」に傍点]で充満して、頭と胸の組織がちょっと変ったような気分になった。その勢いで広い階子段《はしごだん》を、案内に応じて、すとんすとんと景気よく登って行った。が自分の頭が階子段から、ぬっと一尺ばかり出るや否や、この決心が、ぐうと退避《たじろ》いだ。
胸から上を階子段の上へ出して、二階を見渡すと驚いた。畳数《たたみかず》は何十枚だか知らないが遥《はるか》の突き当りまで敷き詰めてあって、その間には一重《ひとえ》の仕切りさえ見えない。ちょうど柔道の道場か、浪花節《なにわぶし》の席亭のような恰好《かっこう》で、しかも広さは倍も三倍もある。だから、ただ駄々《だだ》ッ広《ぴろ》い感じばかりで、畳の上でもまるで野原へ出たとしきゃあ思えない。それだけでも驚く価値《ねうち》は十分あるが、その広い原の中に大きな囲炉裏《いろり》が二つ切ってある、そこへ人間が約十四五人ずつかたまっている。自分の決心が
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