一生懸命に働かなくっちゃあ、原さんに対して済まない仕儀になって来た。そこで心のうちに、原さんの迷惑になるような不都合はけっしてしまいときめた。何しろ年が十九だから正直なものだった。
そこで原さんの云う通り、足を拭いて尻をおろしているうちに、奥の方から婆さんが出て来て、――この婆さんの出ようがはなはだ突然で、ちょっと驚いたが、
「こっちへ御出《おいで》なさい」
と云うから、好加減《いいかげん》に御辞儀をして、後《あと》から尾《つ》いて行った。小作《こづくり》な婆さんで、後姿の華奢《きゃしゃ》な割合には、ぴんぴん跳《は》ねるように活溌《かっぱつ》な歩き方をする。幅の狭い茶色の帯をちょっきり結《むすび》にむすんで、なけなしの髪を頸窩《ぼんのくぼ》へ片づけてその心棒《しんぼう》に鉛色の簪《かんざし》を刺している。そうして襷掛《たすきがけ》であった。何でも台所か――台所がなければ、――奥の方で、用事の真っ最中に、案内のため呼び出されたから、こう急がしそうに尻を振るんだろう。それとも山育《やまそだち》だからかしら。いや、飯場《はんば》だから優長《ゆうちょう》にしちゃいられないせいだろう。して見る
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