気よく、
「なります」
と答えてしまった。原さんにはこの答が断然たる決心のように受けとれたか、それとも、瘠我慢《やせがまん》のつけ景気《げいき》のごとく響いたか、その辺《へん》は確《しか》と分らないが、何しろこの一言《いちごん》を聞いた原さんは、機嫌よく、
「じゃまあ、御上《おあ》がんなさい。そうして、あした人をつけて上げるから、まあシキ[#「シキ」に傍点]へ這入って御覧なさるがいい。何しろ一万人もいて、こんなに組々に分れているんだから、飯場《はんば》を一つでも預かってると、毎日毎日何だかだって、うるさい事ばかりでね。せっかく頼むから置いてやる、すぐ逃げる。――一日《いちんち》に二三人はきっと逃げますよ。そうかと云って、おとなしくしているかと思うと、病気になって、死んじまう奴が出て来て――どうも始末に行かねえもんでさあ。葬《ともら》いばかりでも日に五六組無い事あ、滅多《めった》にないからね。まあやる気なら本気にやって御覧なさい。腰を掛けてちゃ、足が草臥《くたび》れるだろう。こっちへ御上り」
 この逐一《ちくいち》を聞いていた自分はたとい、掘子《ほりこ》だろうが、山市《やまいち》だろうが
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