》茶店の神《かみ》さんが云った通りをそのまま図に乗って述べ立てた。後から考えると、これはむしろ人が自分を評する言葉で、自分が自分を吹聴《ふいちょう》する文句ではなかった。そこで原さんは少し笑い出した。
「それほどお望みなら仕方がない。何も御縁だ。まあやって御覧なさるが好い。その代り苦しいですよ」
と原さんは何気なく裏の赤い山を覗《のぞ》くように見上げた。おおかた天気模様でも見たんだろう。自分も原さんといっしょに山の方へ眼を移した。雨は上がったが、暗く曇っている。薄気味の悪いほど怪しい山の中の空合《そらあい》だ。この一瞬時に、自分の願が叶《かな》って、自分はまず山の中の人となった。この時「その代り苦しいですよ」と云った原さんの言葉が、妙に気に掛り出した。人は、ようやくの思いで刻下《こっか》の志を遂《と》げると、すぐ反動が来て、かえって志を遂げた事が急に恨《うら》めしくなる場合がある。自分が望み通りここへ落ちつける口頭の辞令を受け取った時の感じはいささかこれに類している。
「じゃね」――原さんは語調を改めて話し出した。――「じゃね。何しろ明日《あした》の朝シキ[#「シキ」に傍点]へ這入《は
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