《いな》天職を帯びてるような気がし出した。この山とこの雲とこの雨を凌《しの》いで来たからには、是非共坑夫にならなければ済まない。万一採用されない暁には自分に対して面目がない。――読者は笑うだろう。しかし自分は当時の心情を真面目《まじめ》に書いてるんだから、人が見ておかしければおかしいほど、その時の自分に対して気の毒になる。
妙な意地だか、負惜《まけおし》みだか、それとも行倒れになるのが怖《こわ》くって、帰り切れなかったためだか、――その辺は自分にも曖昧だが、とにかく自分は、もっとも熱心な語調で原さんを口説《くど》いた。
「……そう云わずに使って下さい。実際僕が不適当なら仕方がないが、まだやって見ない事なんだから――せっかく山を越して遠方をわざわざ来た甲斐《かい》に、一日《いちんち》でも二日《ふつか》でも、いいですから、まあ試しだと思って使って下さい。その上で、とうてい役に立たないと事がきまれば帰ります。きっと帰ります。僕だって、それだけの仕事が出来ないのに、押《おし》を強く御厄介《ごやっかい》になってる気はないんですから。僕は十九です。まだ若いです。働き盛りです……」
と昨日《きのう
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