の間にか木が抜けて、空坊主《からぼうず》になったり、ところ斑《まだら》の禿頭《はげあたま》と化けちまったんで、丹砂《たんしゃ》のように赤く見える。今までの雲で自分と世間を一筆《ひとふで》に抹殺《まっさつ》して、ここまでふらつきながら、手足だけを急がして来たばかりだから、この赤い山がふと眼に入るや否や、自分ははっと雲から醒《さ》めた気分になった。色彩の刺激が、自分にこう強く応《こた》えようとは思いがけなかった。――実を云うと自分は色盲じゃないかと思うくらい、色には無頓着《むとんじゃく》な性質《たち》である。――そこでこの赤い山が、比較的烈しく自分の視神経を冒《おか》すと同時に、自分はいよいよ銅山に近づいたなと思った。虫が知らせたと云えば、虫が知らせたとも云えるが、実はこの山の色を見て、すぐ銅《あかがね》を連想したんだろう。とにかく、自分がいよいよ到着したなと直覚的に――世の中で直覚的と云うのは大概このくらいなものだと思うが――いわゆる直覚的に事実を感得した時に、長蔵さんが、
「やっと、着いた」
と自分が言いたいような事を云った。それから十五分ほどしたら町へ出た。山の中の山を越えて、雲の中
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