か五六間の距離で濃くなったり薄くなったりする。そうして誰も口を利《き》かない。そうして、むやみに急ぐ。世界から切り離された四つの影が、後《あと》になり先になり、殖《ふえ》もせず減《へり》もせず、四つのまま、引かれて合うように、弾《はじ》かれて離れるように、またどうしても四つでなくてはならないように、雲の中をひたすら歩いた時の景色はいまだに忘れられない。
 自分は雲に埋まっている。残る三人も埋まっている。天下が雲になったんだから、世の中は自分共にたった四人である。そうしてその三人が三人ながら、宿無《やどなし》である。顔も洗わず朝飯も食わずに、雲の中を迷って歩く連中である。この連中と道伴《みちづれ》になって登り一里、降《くだ》り二里を足の続く限り雲に吹かれて来たら、雨になった。時計がないんで何時《なんじ》だか分らない。空模様で判断すると、朝とも云われるし、午過《ひるすぎ》とも云われるし、また夕方と云っても差支《さしつかえ》ない。自分の精神と同じように世界もぼんやりしているが、ただちょっと眼についたのは、雨の間から微《かす》かに見える山の色であった。その色が今までのとは打って変っている。いつ
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