うより、薄くなると云う方が適当かも知れない。薄くなった揚句《あげく》は、しだいしだいに、深い奥へ引き込んで、今までは影のように映ってたものが、影さえ見せなくなる。そうかと思うと、雲の方で山の鼻面《はなづら》を通り越して動いて行く。しきりに白いものが、捲《ま》き返しているうちに、薄く山の影が出てくる。その影の端がだんだん濃くなって、木の色が明かになる頃は先刻《さっき》の雲がもう隣りの峰へ流れている。するとまた後《あと》からすぐに別の雲が来て、せっかく見え出した山の色をぼうとさせる。しまいには、どこにどんな山があるかいっこう見当《けんとう》がつかなくなる。立ちながら眺《なが》めると、木も山も谷もめちゃめちゃになって浮き出して来る。頭の上の空さえ、際限もない高い所から手の届く辺《あたり》まで落ちかかった。長蔵さんは、
「こりゃ、雨だね」
と、歩きながら独言《ひとりごと》を云った。誰も答えたものはない。四人《よつたり》とも雲の中を、雲に吹かれるような、取り捲《ま》かれるような、また埋《うず》められるような有様で登って行った。自分にはこの雲が非常に嬉しかった。この雲のお蔭《かげ》で自分は世の中か
前へ
次へ
全334ページ中134ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング