。なぜ午までに着かなくっちゃならないんだか、訳が分らないが、聞いて見る勇気がなかったから、黙って食っついて行った。するとなるほど登《のぼり》になって来た。昨夕あれほど登ったつもりだのに、まだ登るんだから嘘《うそ》のようでもあるが実際見渡して見ると四方《しほう》は山ばかりだ。山の中に山があって、その山の中にまた山があるんだから馬鹿馬鹿しいほど奥へ這入《はい》る訳になる。この模様では銅山《どうざん》のある所は、定めし淋しいだろう。呼息《いき》を急《せ》いて登りながらも心細かった。ここまで来る以上は、都へ帰るのは大変だと思うと、何の酔興《すいきょう》で来たんだか浅間《あさま》しくなる。と云って都におりたくないから出奔《しゅっぽん》したんだから、おいそれと帰りにくい所へ這入って、親親類《おやしんるい》の目に懸《か》からないように、朽果《くちは》ててしまうのはむしろ本望である。自分は高い坂へ来ると、呼息を継《つ》ぎながら、ちょっと留っては四方の山を見廻した。するとその山がどれもこれも、黒ずんで、凄《すご》いほど木を被《かぶ》っている上に、雲がかかって見る間《ま》に、遠くなってしまう。遠くなると云
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