くした、もじゃもじゃの頭が布団《ふとん》の下から出ている。この亭主は敷蒲団《しきぶとん》を上へ掛けて寝る流儀と見える。長蔵さんが、このもじゃもじゃの頭に話しかけると、頭は、むくりと畳を離れた。そうして熊さんの顔が出た。この顔は昨夜《ゆうべ》見たほど妙でもなかった。しかし額がさかに瘠《こ》けて、脳天まで長くなってる事は、今朝でも争われない。熊さんは床の中から、
「いや、何にも御構《おかまい》申さなかった」
と云った。なるほど何にも構わない。自分だけ布団をかけている。
「寒かなかったかね」
とも云った。気楽なもんだ。長蔵さんは
「いいえ。なあに」
と受けて、土間から片足踏み出した時、後《うしろ》から、熊さんが欠伸交《あくびまじ》りに、
「じゃ、また帰りに御寄り」
と云った。
それから長蔵さんが往来へ出る。自分も一足|後《おく》れて、小僧と赤毛布《あかげっと》の尻を追っ懸《か》けて出た。みんな大急ぎに急ぐ。こう云う道中には慣《な》れ切ったものばかりと見える。何でも長蔵さんの云うところによると、これから山越をするんだが、午《ひる》までには銅山《やま》へ着かなくっちゃならないから急ぐんだそうだ
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