めて、こう云う人間と一つ所《とこ》に泊って、これからまたいっしょに歩き出すんだなと思った。赤毛布と小僧の顔色を伺って見ると少しも朝飯を予期している様子がないんで、双方共朝飯を食い慣《つ》けていない一種の人類だと勘づいて見ると、自分の運命は坑夫にならない先から、もう、坑夫以下に摺《ず》り落ちていたと云う事が分った。しかし分ったと云うばかりで別に悲しくもなかった。涙は無論出なかった。ただ長蔵さんが、この朝飯の経験に乏《とぼ》しい人間に向って、「御前さん達も飯が食いたいかね」と尋ねてくれなかったのを、今では残念に思ってる。食った事が少いから、今までの習慣性で、「食わないでも好い」と答えるか、それとも、たまさかに有りつけるかも知れないと云う意外の望に奨励《しょうれい》されて「食いたい」と答えるか。――つまらん事だがどっちか聞いて見たい。
 長蔵さんは土間へ立って、ちょっと後《うし》ろを振り返ったが、
「熊《くま》さん、じゃ行ってくる。いろいろ御世話様」
と軽く力足《ちからあし》を二三度踏んだ。熊さんは無論亭主の名であるが、まだ奥で寝ている。覗《のぞ》いて見ると、昨夕《ゆうべ》うつつに気味をわる
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