が新しくって、かつ痛切であるが、その新しい痛切の事々物々が何だか遠方にある。遠方にあると云うよりも、昨夜と今日の間に厚い仕切りが出来て、截然《せつぜん》と区別がついたようだ。太陽が出ると引き込むだけの差で、こう心に連続がなくなっては不思議なくらい自分で自分が当《あて》にならなくなる。要するに人世は夢のようなもんだ。とちょっと考えたもんだから、涎も拭かずに沈んでいると、長蔵さんが、ううんと伸《のび》をして、寝たまま握《にぎ》り拳《こぶし》を耳の上まで持ち上げた。握り拳がぬっと真直に畳の上を擦《こす》って、腕のありたけ出たところで、勢《せい》がゆるんで、ぐにゃりとした。また寝るかと思ったら、今度は右の手を下へさげて、凹《くぼ》んだ頬っぺたをぼりぼり掻《か》き出した。起きてるのかも知れない。そのうち、むにゃむにゃ何か云うんで、やっぱり眼が覚めていないなと気がついた時、小僧がむくりと飛び起きた。これは真正の意味において飛起きたんだから、どしんと音がして、根太《ねだ》が抜けそうに響いた。すると、さすが長蔵さんだけあって、むにゃむにゃをやめて、すぐ畳についた方の肩を、肘《ひじ》の高さまで上げた。眼
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