す》だらけで暗いものだから、この頭も煤だらけになって映って来た。その癖距離は近い。だから映った影は明瞭《めいりょう》である。自分はこの明瞭でかつ朦朧《もうろう》なる亭主の頭を居眠りの不知覚から我に返る咄嗟《とっさ》にふと見たんである。この時はあまり好い心持ではなかった。それがため、居眠りもしばらく見合せるような気になって、部屋中を見廻すと、向うの隅に小僧が倒れている。こちらの横に茨城県が長く伸びている。毛布《けっと》の下から大きな足が見える。突当りが壁で、壁の隅に穴が開《あ》いて、穴の奥が真黒である。上は一面の屋根裏で、寒いほど黒くなってる所へ、油煙とともにランプの灯《ひ》があたるから、よく見ていると、藁葺《わらぶき》の裏側が震《ふる》えるように思われた。
それからまた眠くなった。また頭が落ちる。重いから上げるとまた落ちる。始めのうちは、上げた頭が落ちながらだんだんうっとりして、うっとりの極、胸の上へがくりと落ちるや否や、一足飛《いっそくとび》に正気へ立ち戻ったが、三回四回と重なるにつけて、眼だけ開《あ》けても気は判然《はっきり》しない。ぼんやりと世界に帰って、またぞろすぐと不覚に陥
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