にしていると、長蔵さんは自分達を路傍《みちばた》に置きっ放しにして、一人で家《うち》の中へ這入って行った。仕方がないから家と云うが、実のところは、家じゃもったいない。牛さえいれば牛小屋で馬さえ嘶《な》けば馬小屋だ。何でも草鞋《わらじ》を売る所らしい。壁と草鞋とランプのほかに何にもないから、自分はそう鑑定した。間口《まぐち》は一間ばかりで、入口の雨戸が半分ほど閉《た》ててある。残る半分は夜っぴて明けて置くんじゃないかしら。ことによると、敷居の溝《みぞ》に食い込んだなり動かないのかも知れない。屋根は無論|藁葺《わらぶき》で、その藁が古くなって、雨に腐《ふ》やけたせいか、崩《くず》れかかって漠然《ばくぜん》としている。夜と屋根の継目《つぎめ》が分らないほど、ぶくついて見える。その中へ長蔵さんは這入って行った。なんだか穴の中へでも潜《もぐ》り込んで行ったような心持だった。そうして話している。三人は表に待っている。自分の顔は見えないが、赤毛布と小僧の顔は、小屋の中から斜《はす》に差してくるランプの灯でよく見える。赤毛布は依然として、散漫《さんまん》なものである。この男はたとい地震がゆって、梁《は
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