気がついた。すると一《ひと》つ家《や》の前へ出ている。ランプが点《つ》いている。ランプの灯《ひ》が往来へ映っている。はっと嬉しかった。赤毛布《あかげっと》がありあり見える。そうして小僧もいる。小僧の影が往来を横に切って向うの谷へ折れ込んでいる。小僧にしては長い影だ。
 自分はこんな所に人の住む家があろうとはまるで思いがけなかったし、その上眼がくらんで、耳が鳴って、夢中に急いで、どこまで急ぐんだかあても希望もなくやって来て、ぴたりと留まるや否や、ランプの灯がまぶしいように眼に這入《はい》って来たんだから、驚いた。驚くと共にランプの灯は人間らしいものだとつくづく感心した。ランプがこんなにありがたかった事は今日《こんにち》までまだかつてない。後《あと》から聞いたら小僧はこのランプの灯まで抜《ぬ》け掛《がけ》をして、そこで自分達を待ってたんだそうだ。おおい[#「おおい」に傍点]と云う声も小僧やあ[#「小僧やあ」に傍点]と云う声も聞えたんだが返事をしなかったと云う話しだ。偉い奴だ。
 同勢《どうぜい》はこれでようやく揃《そろ》ったが、この先どうなる事だろうと思いながら、相変らず神妙《しんびょう》
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