になる気づかいはあるまい。本当の人間は妙に纏めにくいものだ。神さまでも手古《てこ》ずるくらい纏まらない物体だ。しかし自分だけがどうあっても纏まらなく出来上ってるから、他人《ひと》も自分同様|締《しま》りのない人間に違ないと早合点《はやがてん》をしているのかも知れない。それでは失礼に当る。
 とにかく引き返して目倉縞《めくらじま》の傍《そば》まで行くと、どてら[#「どてら」に傍点]はさも馴《な》れ馴れしい声で
「若い衆《しゅ》さん」
と云いながら、大きな顎《あご》を心持|襟《えり》の中へ引きながら自分の額のあたりを見詰めている。自分は好加減《いいかげん》なところで、茶色の足を二本立てたまま、
「何か用ですか」
と叮嚀《ていねい》に聞いた。これが平生《へいぜい》ならこんなどてら[#「どてら」に傍点]から若い衆さんなんて云われて快よく返辞をする自分じゃない。返辞をするにしてもうん[#「うん」に傍点]とか何だ[#「何だ」に傍点]とかで済したろうと思う。ところがこの時に限って、人相のよくないどてら[#「どてら」に傍点]と自分とは全く同等の人間のような気持がした。別に利害の関係からしてわざと腰を低
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