ちにも、これが長蔵さんの商売に必要な芸で、長蔵さんはこの芸を長い間練習して、これまでに仕上げたんだなと、少からず感心した。赤毛布は長蔵さんと並んでいるんだから、長蔵さんさえ留まればきっととまる。長蔵さんが歩き出せば必ず歩き出す。まるで人形のように活動する男であった。ややともすると後れ勝ちの自分よりはこの赤毛布の方が遥《はるか》に取り扱いやすかったに違ない。小僧は――例の小僧は消えて無くなっちまった。始めのうちこそ小僧だから後《あと》になるんだろうと思って、草臥《くたび》れたら励ましてやろうくらいの了簡《りょうけん》があったんだが、かの冷飯草履《ひやめしぞうり》をぴしゃりぴしゃりと鳴らしながら凸凹《でこぼこ》路を飛び跳《は》ねて進行する有様を目撃してから、こりゃ敵《かな》わないと覚悟をしたのは、よっぽど前の事である。それでもしばらくの間はぴしゃりぴしゃりが自分の袖《そで》と擦《す》れ擦れくらいになって、登って来たが、今じゃもう自分の近所には影さえなくなった。並んで歩くうちは、あまり小僧の癖に活溌《かっぱつ》にあるくんで――活溌だけならいいが、活溌の上に非常に沈黙なんで――、随分物騒な心持
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