ちだった。もし笑うなら、極《きわ》めて小さくって、非常に活溌で、そうして口を利《き》かない動物を想像して見ると分る。滅多《めった》にありゃしない。こんな動物といっしょに夜|山越《やまごえ》をしたとすると、誰だって物騒な気持になる。自分はこの時この小僧の事を今考えても、妙な感じが出て来る。さっき蝙蝠《こうもり》のようだと云ったが、全く蝙蝠だ。長蔵さんと赤毛布《あかげっと》がいたから、好《よ》いようなものの、蝙蝠とたった二人限《ふたりぎり》だったら――正直なところ降参する。
 すると長蔵さんが、暗闇《くらやみ》の中で急に、
「おおい」
と声を揚げた。淋《さむ》しい夜道で、急に人声を聞いた人があるかないか知らないが、聞いて見るとちょっと異《い》な感じのするものだ。それも普通の話し声なら、まだ好いが、おおい[#「おおい」に傍点]と人を呼ぶ奴は気味がよくない。山路で、黒闇《くらやみ》で、人っ子一人通らなくって、御負《おまけ》に蝙蝠なんぞと道伴《みちづれ》になって、いとど物騒な虚に乗じて、長蔵さんが事ありげに声を揚《あ》げたんである。事のあるべきはずでない時で、しかも事がありかねまじき場所でおおい
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