る。
こう、みんな黙ってしまうと、山路は静かなものである。ことに夜だからなお淋《さび》しい。夜と云ったって、まだ日が落ちたばかりだから、歩いてる道だけはどうか、こうか分る。左手を落ちて行く水が、気のせいか、少しずつ光って見える。もっともきらきら光るんじゃない。なんだか、どす黒く動く所が光るように見えるだけだ。岩にあたって砕ける所は比較的|判然《はっきり》と白くなっている。そうしてその声がさあさあと絶え間なくする。なかなかやかましい。それでなかなか淋しい。
その中《うち》細い道が少しずつ、上《のぼ》りになるような気持がしだした。上りだけならこのくらいな事はそう骨は折れないんだが、路が何だか凸凹《でこぼこ》する。岩の根が川の底から続いて来て、急に地面の上へ出たり、引っ込んだりするんだろう。この凸凹に下駄《げた》を突っ掛ける。烈《はげ》しいときは内臓が飛び上がるようになる。だいぶ難義になって来た。長蔵さんと赤毛布は山路に馴《な》れていると見えて、よくも見えない木下闇《こしたやみ》を、すたすた調子よくあるいて行く。これは仕方がないが、小僧が――この小僧は実際物騒である。冷飯草履をぴしゃぴし
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